「鬼ちゃん。私にどんな抑制があると思う?」
と聞かれたのが覚醒の前触れでした。
キレイな感情って不自然なんです。
感情はコインの表裏。
大きなポジティブの裏には、同じ大きさのネガティブが必ずあります。
好きって感情の裏には、
同じくらい嫌われたくないとか、文句がある。
だから、爆発して嫌いになった瞬間
その好きだった感情がすべて反転して憎悪に変わる。
自分がそうなったり、それを誰かから食らったりした経験あると思います。
そう。だからこそ。
片方しか感情が見えないのはおかしい。
表に出てくるものが整いすぎていて
逆に不自然だったんですよね。
子供が汚した机を拭いたら、その箇所だけ綺麗すぎてバレるような感じ。
さあそのキレイすぎる感情の裏をどう見ていったのか?
そして、どう開放されたのか?
本人の感想を読んでください。
ーーーー続きーーーー
——中学一年の冬、不登校になりました。
抑圧することに疲れ、自分の世界に閉じこもろうと思ったわけです。
そして「なぜ理解されないのか」という問いに答えを出すため、「とことん自分を突き詰めよう」という発想になった。
MBTIにハマったきっかけですね。
そんなにも「理解されなさ」が募っているのに、今の自分と、過去のまばらな瞬間に存在する私の中には、「理解されていない」ことを認めたくない気持ちがあります。
だってそれは、陳腐で、ありきたりで、軽々しく使っていいものではないと思うから……。
そうしたら鬼むらさんは「理解されていても、されていなくても、どっちでも終わるからね」って言いました。「オレもそうだったけど、居場所がない。だからオレは自己表現を消した」って。
どうやら私は、誰よりも鬼むらさんの「勘」を肯定しているらしいです。それも無条件に。
それは、私がかけて欲しかった言葉を彼に投影して言ってるからなんだって、思わされました。
自分がENTPで、鬼むらさんもENTPで、そうわかったときに「同族の馴れ合いだったんかーい!」と思いましたけど、IF世界の自分のような感覚があるのかもしれないなーなんて考えました。
無意識ってすごいですよ、その匂いを感じ取ってたんだから。
最後にね、言われたんですよ。
「任せろ、オレが二軸の才能を統合してやるから」って。
本来の自分が持つ外的直観の才能と、
それを抑圧するために成長した、内的思考や外的感情の才能。
「でも後者は少し休めばいい」って。
私は何度お前の前で泣けばいいんだよ!!!!!!
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自分が
いいと思ったこと、面白いと思ったこと
を伝えようとしても
「頭いいね」で処理され続けた経験が重なって
「誰も理解してくれない」と思うようになったんよね。
そこから自己表現が消えて
いつしか本来の才能を自分で封じ込めるようになっていった・・・
そして、「頭いい」ってワードが
「誰も私を理解してくれない」に直結するようになって
「頭いい」という言葉を聞くだけで
反射で孤独感を感じることになったんだと思う。
さらに悲劇だったのが
理性で、気遣いで、俯瞰で相手を見て接する。
それがめちゃくちゃ上手くできてしまった。
理性で生きると上手く行くけど
本来の自分の否定になる。
でも、本来の自分を肯定しようとすると
今まで自己を抑えて頑張ってきた自分は報われなくなる。
この板挟みだったわけです。
まあ、よく今まで生きてきたからあとは任せろって話だね。
魔改造スペシャル覚醒前夜の話おわり。











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